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X-Techとは何か

情報戦略コンサルティングユニット
マネージャー 妹尾 直紀
FinTechという潮流

 ここ最近FinTechという単語を見かける機会が非常に増えた。金融+ITを意味するこの造語は、金融業界とIT業界で注目を集める一大トピックとなって日々メディアを賑わせている。具体的な事例を挙げると、P2Pレンディングサービスを提供するLendingClubのローン取扱高は2015年9月末で1兆6000億円*を超え、P2P海外送金サービスを提供するTransferWiseは通常の銀行の約1/10の手数料で海外送金を実現している。このようにスタートアップが躍進する中で、FinTechの先進国である米国においてはウェルスファーゴやJPモルガン・チェースといったメガ金融グループは積極的にFinTechを取り込むべく、M&Aや研究所の開設に余念がない。一方で日本国内においても、メガバンクや大手証券は既に専門部門を立ち上げており、本格的な対応が加速している。

*1USドル=122円として計算

他の業界への広がり

 ところで、金融業界においては一般的になったこの動向だが、他の業界においても同様なのではないか、という疑問が出てくるのは当然であろう。取り扱うものが「金銭=数字」である金融業界はコンピュータとの相性が非常に良いという事情があり、その社会的、経済的重要性の高さやトランザクションの多さもあいまって、勘定系へのメインフレームの導入に始まり、巨額の投資でIT市場の成長を支えてきた。注目度や規模という意味で新たなITムーブメントが金融業界で最初に顕著に現れているが、他業界でも同様の動きが生じていて不思議ではない。
 そこで他業界に目を向けてみるとやはりいくつもの事例が見られる。例えば医療業界ではnoomがダイエットや糖尿病予防のスマートフォンアプリを開発して米国の疾病予防センターから糖尿病予防認定プログラムの準認定を受けている上に、ダウンロード数は3400万回に達しており、一定のポジションを既に築いている。非常に広く知られているところでいえば、AppleのiOSには健康情報を収集する「HealthKit」が開発ツールとして用意されており、これを用いるとユーザの心拍数や歩数といったデータを容易に収集し、管理することができる。加えて「ReseachKit」がリリースされており、これはiPhoneからの情報取得や問診機能などを備えるもので、臨床試験を遠隔で実施するアプリケーションの開発を現実のものとしている。海外では既にこれを利用したアプリケーションの開発が実施されていたが、慶應義塾大学医学部が「不整脈・脳梗塞早期発見プロジェクト」において国内初の利用を2015年11月25日に発表、開始している。一方で教育業界ではKNEWTONが、学習データの分析を元に各学習者のニーズや状況に適合した教材を提供するアダプティブラーニング(適合学習)を提供しており、1000万人以上の生徒を集めている。そしてそのような動向の中で、医療業界ではHealthTechやMediTech、教育業界ではEdTechという単語が使われ始めている。
 以上を踏まえ、この動向について業界を限定しないために「X-Tech(エックステック)」と名付け、その本質に迫ってみよう。

「X-Tech」の定義と背景

 まず「X-Tech」という言葉を定義すると、「洗練されたITをコアとして、その業界では新参者である企業が、今までにない価値や仕組みを提供する動向」と言える。
 先に事例として挙げた中でAppleは別だが、他の企業は急激に成長を遂げているスタートアップであり、ざっと他の事例を眺めてみてもスタートアップが圧倒的に多い。Appleも医療領域においては新参者と言っても過言ではないだろう。そして「X-Tech」が注目を集めているのは、有望有力と思われるサービスを彼らが次々と生み出しているからに他ならない。このことは3つの要因によるものと言える。
 まず第一はIT製品全般の価格の低下とクラウドの普及に伴って、ITシステムをビジネスに用いることの金銭的、時間的、空間的コストが低減されたということである。これにより、小規模、短期間、低資金での起業が容易となった。
 第二には、スマートデバイスの普及によりユーザへのリーチが非常に容易になったという要因である。特にスマートフォンの爆発的な普及は、ITサービス利用のすそ野を急速に拡大した。自らのサービスをスマートフォンアプリケーションとするだけで、潜在的なユーザは世界で30億に近く、更にユーザはほとんど常時それを携帯しているのである。これが機能や業務を絞り込んだスタートアップのサービスでも、一定以上の売上を見込むことのできる環境を提供しているのは間違いない。
 そして第三はコンピューティング能力の向上である。今年50周年を迎えたムーアの法則に代表されるハードウェアの進化や分散処理技術は、大量のデータに対して短時間で複雑な処理を行うことを現実のものとした。これは今までのようなアプリケーションの活用を容易にするだけではなく、今まで人間が独占してきた「判断」や「意思決定」という行為を代替することが可能になり始めており、業界の外からくるスタートアップに非常に便利な武器をもたらした。
 このような要因から、スタートアップを中心に多種多様なサービスが次々と生み出される土壌が整い、それらを洗練することで「X-Tech」が実現されているのである。

「X-Tech」のもたらす価値

 「X-Tech」をイノベーションとしてとらえるなら、その中身は基本に違わず高機能化、高品質化を実現する継続的イノベーションと、業界の構図を一新する破壊的イノベーションの両方をもたらすものと想定される。ここではより重大なインパクトを与える破壊的イノベーションを取り上げ、その中でも「役割変更」という変化にスポットをあててみたい。
 業界構図において役割の変更が起こる場合、「能力の代替」と「機会の提供」のどちらかの手段による。「能力の代替」は、従来その役割を果たすのに必要であった知見や技術といった能力が、何かしらの方法によって(ここではITによって)代替されることで役割の変更が起こるというものである。一方で「機会の提供」は、現時点でもその役割を果たす能力を持っていたが、何かしらの理由で今まで市場に参加できていないかったプレイヤに参加の機会を提供するものである。またこの場合のプレイヤは売り手と買い手の両方であり得る。

図表1 イノベーションの種類

図表1 イノベーションの種類件

出所:NTTデータ経営研究所にて作成

 さて、では具体的な事例としてはどのようなものがあるのか。「能力の代替」に関するものとしては、まずFinTechにおける資産運用管理サービスである。これにはBettermentのような、証券会社の運用アドバイザーの業務を代替して投資を支援してくれるものから、LEARNVESTのようにフィナンシャルプランナーの業務を代行して、日常の収支から保有資産/負債までの管理を支援してくれるものまである。特に前者に関しては「ロボ・アドバイザー」とも呼ばれており、みずほ銀行が2015年10月30日に国内初として「SMART FOLIO」と銘打ちサービス提供を開始したことは記憶に新しい。前述のものになるが、HealthTechにおいてはnoomが糖尿病予防やダイエットにおけるコーチングという面で医師やトレーナーの役割の一部を代替しており、EdTechではKNEWTONが生徒一人ひとりに合わせた教材を提供することで、個別指導塾や家庭教師の代替をしているのである。さらにほかの業界に目を向けると11月16日にサービスを開始したヤフーとソニー不動産による不動産売買プラットフォームである「おうちダイレクト」では、両者により開発された不動産価格推定エンジンによる推定価格算出機能が実装されており、これは不動産鑑定士を代替するものであり、RETech(Real Estate Tech)に該当する。このように、システムが誰かの何かの能力を代替するということが次々に平然と起こっている。
 続いて「機会の提供」について見てみることにしよう。FinTechでは、前述のLendingClub のようなP2PレンディングやKICKSTARTERのようなクラウドファンディングがすぐに思いつくところで、今まで出資に縁がなかった人々に出資や融資の機会を提供している。EdTechでは、udemyなどが誰でも先生となって授業動画を配信でき、授業料を徴収できるプラットフォームを提供しており、教員免許の取得や習い事教室の開設なしに先生になる機会を提供している。未だ「X-Tech」という形で呼称はついていないが、かの著名なUBERも輸送/交通業界において誰でもタクシー運転手になれるという機会を提供しているものであろう。

図表2 X-Tech事例一覧

図表2 X-Tech事例一覧

出所:各社ウェブページより
数字に関して特に記載のないものは2015年11月調査時点の値

 以上のような様々な事例から考えると、「X-Tech」は今まで様々な理由で専門家や有資格者に閉じていた世界を一般の人々やシステムに開放する、という価値を有する一面があると言ってよさそうだ。これは社会的にも経済的にもポジティブな影響を及ぼすものなのではないか。

最後に

 今回は事例を挙げながら「X-Tech」とはどのようなものであるかについて述べてみたが、起きている事象を理解した後には「これにどのように対応するか」という課題がついてくる。「X-Tech」は業界プレイヤとITベンダの両者にインパクトを与えるものと見受けられ、業界の既存プレイヤも彼らにソリューションを提供しているITベンダも対応を迫られるのであろう。その検討にあたって本稿が一助となることを願っている。