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コラム・オピニオン 2018年3月1日

定年制の廃止はなぜ難しいのか

取締役会長
山本 謙三

高齢者の就労に決定的な影響を与える定年制

 定年制は、日本の高齢者の就労に決定的な影響を与えている。

 データのとれる1960年代後半以降、65歳以上の労働力人口比率(注)は長期の低下トレンドを辿ってきた(参考1)。とくに男性は5割強から3割強への大幅低下だ。

(注)労働力人口比率とは、当該年齢層の人口に占める労働力人口の比率(詳細は参考1の注参照)。

 第1に、寿命が大幅に延びる一方で、人々の働く期間は、定年制の存在からさほど延びなかった。第2に、「身体の動く限り働く」としてきた自営業や第一次産業に従事する人々が減り、定年制のある職場で働く人々が増えた。

(参考1)65歳以上労働力人口比率の推移

(参考1)65歳以上労働力人口比率の推移

  (注) 労働力人口比率とは、当該年齢層の人口に占める労働力人口(就業者と完全失業者の合計)の比率。
完全失業者とは、(1)「仕事についていない」、(2)「仕事があればすぐつくことができる」 、(3)「仕事を探す活動をしていた」の3つの条件を満たす者。

  (出典) 総務省統計局「労働力調査結果」を基にNTTデータ経営研究所が作成

 ちなみに、参考1のグラフには2度の反転・上昇局面がある。これも定年制に密接に関連している。1986年には「60歳定年の努力義務」が導入され、90年前後までに浸透した。さらに2013年には「希望者全員の65歳までの継続雇用制度」が導入された。

 わが国では、今後、人手不足が一段と加速する。労働力人口の試算では、2016年から2025年にかけて392万人減少するとの結果となる(労働力人口の約6%、参考2参照)。

 90年代後半からの生産年齢人口の減少は、これまで女性の労働市場への参入増によって補われてきた。しかし、女性の就業率もすでにかなり高まった。従来のようなペースでの就労増を期待するのは、徐々に難しくなっている。

 やはり重要なのは、高齢者が働くことだ。医療や介護にかかる財政負担を、子、孫の世代に押しつけないためには、高齢者が長く働いて保険料を納める側に回る必要がある。「70代まで働くことを当然とする社会」をつくっていかなければならない。

(参考2)2016年⇒2025年の労働力増減(試算)

(参考2)2016年⇒2025年の労働力増減(試算)

  (注) 試算は、基準時点(2016年)の年齢別労働力人口比率がそのまま維持されると仮定し、2025年の年齢別人口を基に計算したもの。

 (出典) 総務省統計局「労働力調査結果」および国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口(平成29年推計)」を基にNTTデータ経営研究所が作成。

若年層、中堅層、高齢層を公平に扱うための制度、慣行

 米国や欧州の多くの国には、そもそも定年制が存在しない。法律で、年齢による差別が禁止されているからだ。米国も1967年制定の「雇用における年齢差別禁止法」で禁止された。

 では、日本では、なぜ定年制の廃止が難しいのか。

 第1に、定年制を廃止しようとする場合、若年層、中堅層、高齢層を公平に扱う制度・慣行の確立が必要となる。これには個別企業の努力だけでなく社会制度・慣行の改革が欠かせないが、関係者の利害が錯綜しやすく、政治的に手をつけにくいのが実情だ。

 たとえば、年齢にかかわりなく、能力に応じた人事・評価体系を確立するには、昇給・減俸、昇格・降格、採用・解雇の可能性を今より広げるのが自然だろう。長く在籍する従業員だけを優遇していては、若年層にとって不公平であるだけでなく、企業の経営も停滞しかねない。

 しかし、解雇や減俸、降格に対する社会的抵抗感は強い。もちろん、解雇が企業の自己都合で行われることがあってはならず、ルールの整備が必要だが、現在は議論を始めるのも難しい状況にある。

年金受給開始年齢引き上げとのワンセットを見直すこと

 定年制廃止が難しい第2の理由は、従来、定年制の見直し(定年延長)が年金受給開始年齢の引き上げとワンセットで行われてきたことと関連する。

 日本のように長寿化と少子化が急速に進む社会では、年金受給開始年齢の引き上げは避けて通れない課題だ。もし長く据え置けば、年金財政は悪化し、若年層や中堅層の将来負担が確実に増す。

 もちろん、これは年配層にとって厳しい制度変更となる。定年で退職したあと、予定していた年金収入が得られなければ、生活に不安が生じる。そこで、これまでは受給開始年齢の引き上げにあわせて定年延長の法改正を行い、高齢者の所得機会の確保を図ってきた。

 そうした経緯を踏まえ、一部には、定年制の見直し(定年延長)は今後も受給開始年齢の引き上げにあわせて行うべきだとの主張がある。この理屈に立てば、定年制を一方的に廃止することは、将来の受給開始年齢の引き上げを難しくしかねず、避けるべき選択肢となる。

 だが、これはやはり本末転倒だろう。人々の働く期間を年金制度の変更のタイミングで縛るのは、合理性を欠く。とはいえ、政治的に一つの真実を含んでいることも事実である。

 では、この枠組みに従えば、定年制の廃止はいつ実現することになるか。

 現在、日本では、老齢厚生年金(報酬比例部分)の受給開始年齢を、65歳まで引き上げる途上にある。引き上げの完了予定時期は、男性で2025年、女性で2030年だ。

 仮にこれを続行し、70歳まで引き上げていくとすれば、――従来同様、3年かけて1歳ずつ引き上げるとすれば、――その達成は男性で2040年、女性で2045年となる。

 2040年代前半といえば、わが国の65歳以上人口がピークを迎える時期だ。つまり、70歳への定年延長後にいよいよ定年廃止に向けたステップを始めるとしても、高齢人口の増加局面には間に合わない。

 つまり、私たちは端から出遅れている。定年延長は決して無意味なステップではないが、人手不足への対応としてはインパクトが限られる。日本人の健康寿命は男女とも70歳を超えており、「70代まで働く社会づくり」は無謀な話ではない。にもかかわらず、受給開始年齢とのリンクにこだわれば、対応はさらに後手に回るということだ。

 政治的なリスクは残るが、そろそろ定年制と年金受給開始年齢を切り離し、法律による定年制の廃止を真剣に検討すべき時ではないか。それが健全な社会というべきだろう。

以上