NTT DATA Global IT Innovator
NTTデータ経営研究所
English  お問い合わせ  サイトマップ

戻る サイト内検索
戻る

『情報未来』

当社の研究、コンサルティング、事例から厳選された、お客様の問題解決に役立つ情報誌です。

No.59(2018年8月号)

特集:デジタルが切り拓く地域の未来

AIに期待される地域の健康課題の解消に向けた取り組みの実現性

北野 浩之
北野 浩之
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 ライフ・バリュー・クリエイションユニット シニアマネージャー

きたの ひろゆき
医療機関向けコンサルティング会社、監査法人系コンサルティング会社を経て現職。医療・介護領域における事業戦略の立案や国の実証事業に取り組んでいる。共著『最新テーマ別解説 病院経営』(清文社)。

尾田 識史
尾田 識史
NTTデータ経営研究所 社会基盤事業本部 ライフ・バリュー・クリエイションユニット シニアコンサルタント

おだ さとし
大手シンクタンクを経て、2015年より現職。医療・介護現場のICTによる業務効率化支援や、民間企業のヘルスケアビジネスへの参入戦略検討、最先端技術(8K、AI等)導入に向けた制度設計や導入課題検討等を実施。

1 はじめに

 高齢社会の到来により様々な社会課題が表出しており、特に大きな課題が健康寿命の延伸と言われている。国はデータヘルス計画の策定を保険者に義務付けるなど、各保険者の実情を踏まえた効果的な施策を立案・実行するよう指導しているが、取り組みは遅々として進んでいない。一方、世界を見てみると、技術的な潮流としてAIを活用したサービスが現れ、既に実用化されつつある。

 本稿では、ヘルスケア領域において我が国が直面している課題の整理とAIの活用事例等の紹介を行った上で、AI導入と親和性のある領域・業務等について論じ、今後の普及に向けた要諦について述べる。

 なお本稿でAIとは人工的につくられた人間のような知能、ないしそれを作る技術※1と定義する。また本稿は保健分野の読み手、つまりAIに関する知識のない方を読み手と想定するため、いわゆる専門的な視点から一部正確性を欠く表現や違和感のある分類等となっている箇所がある点、了承頂きたい。

  1. ※1 「人工知能は人間を超えるか ディープラーニングの先にあるもの」(松尾豊著、KADOKAWA)より

2 背景

 我が国は、高齢社会の到来により様々な社会課題を抱えている。最も大きな課題の一つが40兆円を超える医療費等の社会保障関連費用の膨張、及びサービス需要の増加による医療・介護分野の人的リソース不足(需給ギャップの増大)が挙げられる。この対応として健康寿命を延伸し、医療・介護サービスの需要抑制を進めるべく、国・自治体は様々な取り組みを進めており、その代表的な施策がデータヘルス計画導入である。データヘルス計画では、地域の実情を踏まえたデータ分析等に基づき、各自治体が効果的な保健施策を立案し、その効果を検証するという一連のPDCAサイクルを回すことで、医療費適正化の実現を目指す取り組みであり、2016年度より保険者に義務化されている。この施策を受けて少なくとも制度上、全自治体がデータヘルス計画を立案し、地域の実情を踏まえた施策を行い、その評価を行っている、はずである。実際保健分野における自治体の投資額は平成27年度で3100億円点に達していると見られる(図1)。

 しかしながら、これらの投資に見合う効果が得られているか否かの検証は充分なされておらず、健康寿命延伸効果、医療費適正化効果へのインパクトも極めて限定的となっていることが懸念される。この要因についてはいくつかの仮説が考えられるものの、自治体の保健政策を担う人材の量的な欠乏(サービス需給に対するギャップ)と、質的なギャップ(持っているスキルやノウハウと求められるそれとのギャップ)とに帰着すると考えられる。この仮説についての検証は既に論じられているため、ここでは割愛し、これら課題解決のためにAIで何ができるかについて、以降で検討したい。

図1| 自治体の保健施策関連費用(平成27年度)

図1| 自治体の保健施策関連費用(平成27年度)

出所:各自治体の予算書等をもとにNTTデータ経営研究所にて作成

3 期待される解決策(AIによる解決の可能性)

 ヘルスケア分野におけるAI導入の事例等を紹介し、課題解決のためにAIが寄与すると期待される業務、或いは分野についての検討を行う。

 図2は、厚生労働省が定めた保健医療分野における重点領域を基に当社が国内の研究開発等の状況を整理した表である。医薬品の研究開発、個別の医療等行為の支援、介護分野、政策立案支援まで、広くAIを活用した研究開発に着手、領域によっては実用化の手前まできている状況にある。このような状況を前提に、地域課題を解決するためのAIの活用の観点から、次の3つの事例を紹介する。

図2| 都市開発のサービスレイヤを切り口とした戦後都市開発の変遷

図2| 都市開発のサービスレイヤを切り口とした戦後都市開発の変遷

※2017年度時点の調査に基づくため、現在は他事例を含めて進捗が見られると予想される
出所:厚生労働省が定めた重点領域に従い、NTTデータ経営研究所にて作成

拡大

【チャットボットを用いた保健指導モデル、行動変容モデリング】

 英国の事例となるが、既に国が提供するサービスにAIが導入されている※2。英国では保健指導業務がない代わりに、かかりつけ医による電話健康相談(NHS111)がその役割を担っていたが、利用者が急激に増加したため、適切な人材配置やサービス提供ができていないという課題が挙げられていた。

 英国スタートアップ企業バビロン社が開発したAIは、この課題解決を目指し、専用スマートフォンアプリによるチャットボットで患者に問診を行い、患者からの回答をもとに、最適な健康アドバイスを実施する。なお、バビロンヘルスでは専属かかりつけ医を雇用しており、患者がAIの回答をふまえて問診を希望する場合は、ビデオ会議で問診を受けて処方箋を受け取ることもできる。

 同社では汎用的な疾患に加えて、地方特有の疾患(デング熱等)に対応するため、サービスを導入する前に、現地かかりつけ医と連携して疾患データを収集し、回答分岐の修正を実施してサービスをローカライズ化してから提供をしている。また、患者の満足度データも診断後にあわせて収集を実施しており、AI開発内容や雇用医師の管理に活用している。

【施策効果のシミュレーション・予想(長野県×京都大学)】

 京都大学・日立製作所は、様々な社会要因をふまえて政策を提言するAI技術の実証研究を開始している※3

 同プロジェクトでは、①社会課題に対する8つの観点(人口や出生率、財政や社会保障、都市や地域、環境や資源、雇用の維持、格差の解消、人間の幸福、健康の維持・増進)から149個の社会の因果構造モデルを人手で作成した後に、②AIを活用して2018年から2052年までの35年間で23個の代表的なシナリオグループを作成し、③有識者が持続可能な未来に向けて重要な社会要因とその時期を特定して提言する政策を作成した。

 AIは、多様な未来シナリオを作成するシナリオ列挙、シナリオ間の分岐の発生順序と時期を明確化する構造解析、シナリオ分岐の要因を明らかにする感度解析等を実施しており、有識者が想定するシナリオと比較して、より多くのシナリオを分析できることがメリットとして挙げられている。

 分析結果から、持続可能な社会の実現には、8~10年後までに「地方分散型」の政策を選択するのが望ましいことが明らかとなったため、2018年度から、効果的な地方分散型の政策を自治体に提言するため、長野県をモデルに実証研究を行う予定である。

【地域の実情を踏まえた政策立案型AI(筑波大学×NTTグループ)】

 2017年9月から、筑波大学・つくばウエルネスリサーチ・NTTグループは、国立研究開発法人日本医療研究開発機構の事業として、自治体における保健指導の施策力に応じた最適な保健指導モデルを提示できるAI開発プロジェクト(2017年度~2019年度)を開始している※4

 同プロジェクトが開発するAIは、自治体の健康関連ビッグデータ(医療保険・介護保険レセプト、健診データ、及び住民アンケート等)をもとに、自治体の地域別に抱える健康課題(高血圧等)を推定して、各健康課題の原因(食事習慣等)を特定したうえで、地域の実情を踏まえた施策候補を提示するというものである。

 AIが地域課題の発見と原因分析に利用する健康関連ビッグデータは、つくばウエルネスリサーチが提供する自治体用サービスの健幸クラウドに蓄積された75万人(5年間分)のデータを想定している。

 一方、施策関連データは、データヘルス計画や事務事業評価等から収集を実施しているが、施策効果を単独で記載していない場合が多く、十分なデータ量を集めることが課題となっており、有識者の意見等からプロトタイプを作成し、自治体職員が正解データ(施策の効果)を継続的に入力する仕組みも導入し、継続的に改善ができる仕組みとする予定である。

  1. ※2 総合メディカル株式会社ウェブサイト DtoD(Doctor to Doctor) 海外医療トピックス
    https://www.dtod.ne.jp/world_topics/article69.php
  2. ※3 日経 xTECH 2017年9月6日掲載
    https://tech.nikkeibp.co.jp/dm/atcl/news/16/090509046/
  3. ※4 NTTデータ経営研究所 2017年8月30日ニュースリリース
    http://www.keieiken.co.jp/aboutus/newsrelease/170830/

4 今後の動向と課題

 本稿ではヘルスケア分野における課題を、データヘルス計画を推進する人材の量的な欠乏と質的なギャップとしている。

 まず前者は、具体的な業務として保健指導が挙げられる。政府目標の健診受診率75%、保健指導実施率45%を達成した場合、業務量は2倍以上となり、既存の保健師だけでは足りないことが明らかである。

 そこで保健指導業務を定型化し、対象者との会話を通じて情報を収集、指導モデルを提示し、モニタリングするAIが想定される。このケースでは、自然言語処理、エキスパートシステム、精度向上のための機械学習等の技術の組み合せとなり、精度面での課題はあるものの既に実現は可能と考えられる。実際に金融機関等での窓口業務の一部はAIによる対応に置き換わっており、比較的定型的、且つ範囲が限定される問診項目をベースとした保健指導についても早期の導入が予想される。それにより保健師は、広く保健指導業務の負荷から解放され(奪われるのではなく)、保健指導の難事例対象者や政策立案等の検討という高付加価値業務へのシフトの実現が期待される。

 他方、質的ギャップを解消するためのAI導入は、まずは環境整備が必要となる。質的ギャップの解消には、保健師等の支援として施策立案を手助けする機能が必要となる。先の事例では筑波大学の事例となるが、施策立案には、決定時に考慮すべき要素を定めることが極めて困難(フレーム問題)であること、学習の前提となる教師データ等を作るためのデータの不足(適切な政策評価を定量的に行っている自治体は極めて限定的であり、まだオープン化されていない)等の理由により、AIによる施策立案は現状では極めて困難と考えられる。但し支援は必ずしも立案に限定されない。立案の前提となる情報提供という側面では、効果シミュレーションや事例の提示(自治体の類似性や政策目的等を前提に提示する機能)等が想定され、これらについては、例えば高度な検索技術の応用や機械学習による洗練化等により現状のAIでも実現の可能性があると考えられる。

 施策立案はもとより立案支援に向けた情報提供の高精度化のために必要となるのが、住民の健康度や医療費適正化効果等の施策評価をエビデンスベースで行うこと、つまりEBPMの徹底である。立案時のエビデンスとして重要であることはもちろん、その施策の効果を定量的に把握し、その是非を評価する一連のマネジメントサイクルを、全自治体が徹底することで、AIが活用可能なデータが収集され、機械学習等に適用可能な環境となる。

  AIの普及による地域における健康課題の解決を進めるためにも、データヘルスが、真に実効性のある計画、マネジメントサイクルとなることを願い、結語とする。