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新たなICTを活用したエビデンス・ベースの政策運営
~国や地方公共団体政策部門における官民データ活用~

社会システムデザインユニット
シニアコンサルタント 田中 麻衣

1.はじめに

 わが国の経済社会構造が急速に変化する中、限られた資源を有効に活用しながら国民に信頼される行政を展開するためには、政策部門がエビデンス・ベースの政策形成(EBPM、Evidence Based Policy Making)を推進することが重要視されている。

 EBPMを推進するためには、国、地方公共団体や公共分野に関わる組織・団体等が政策の前提となる関連事実と政策課題を的確に把握するとともに、具体的政策の内容とその効果をつなぐ論理、政策効果とそのコストの関係を客観的なエビデンスを用いて明示することが必要となる。

 しかしながら、エビデンスの集約や分析を従来のように人手で実施していたのでは、時間的な制約があるとともに政策担当者の負担が膨大となってしまう。今後、効果的・効率的なエビデンス・ベースの政策を広く適用していくためには、ICTの活用が欠かせない。

 また、機微な情報を含むクローズドデータや民間のビッグデータなどの新たなデータの活用やリンケージを通じ、これまで検証が難しかった政策にも新たな光が当てられる可能性もある。

 欧米諸国では、すでに客観的な証拠に基づく政策運営への取り組みが進んでおり、官民を上げてデータ活用のための環境整備を進めている。医療、教育、防犯、防災分野などにおいてAIなどの新たな技術を活用し、政策の意思決定や運営を効率化・洗練化し、国民の利益を向上させる取り組みも増加している。

 本稿では、新たなICTを活用しながら、膨大かつ多種多様なデータから迅速かつ高精度に分析し、エビデンスとして政策運営に活用するために求められる環境を整理しつつ、今後のわが国の取り組みに関する考察を行うこととしたい。

2.EBPMとは

 EBPMは、政策形成において客観的な証拠となるエビデンスを活用し、効果的・効率的な政策運営を目指すものであり、欧米を中心に、近年我わが国においても注目されている手法である。

 何をもって「エビデンス」と呼ぶかは、明確な定義化がなされているわけではないが、正木ら(2006)は「エビデンス」を「バイアスのない方法により得たデータを、バイアスのない方法で分析して得られた結果」として、エビデンスの範囲を厳格に捉えている※1 。欧州の議論では、「エビデンス」そのものは定義せず、EBPMについて、OECD(2007)の定義※2を採用し、「政策オプションの中から決定し選択する際に、現在最も有益なエビデンスを誠実かつ明確に活用すること」としている。

 「エビデンス」を政策に活用するためには、単純にデータを収集するだけでは足りず、収集したデータを分析し、いかに信頼性の高い「解釈」を付与することができるかがキーとなる。

3.EBPMが求められる背景

 急速な少子高齢化の進展や、厳しい財政状況の下、わが国の現状や直面する政策課題を迅速かつ的確に把握し、有効な対応策を選択し、その効果を検証することの必要性がこれまで以上に高まっている。

 わが国では、政府の政策形成において統計や業務データ等が十分に活用されているとは言えず、往々にしてエピソード・ベースでの政策立案が行われているとの指摘がされてきた※3。客観的な根拠となるエビデンスに基づいた議論は、感情的になりがちな政治的対立から抜け出すための手がかりにもなる。トレードオフに向き合いながら政策オプションを検討し、本命となるオプションを絞り込むための手がかりにもなり得る※4

 また昨今、オープンデータとして、機微情報を含まないデータを対象に行政の保有するデータの公開が推進されているものの、多様なデータの政策への利活用(フィードバック)については、これまで十分な議論ができているとは言い難い状況にある。

  • 3.1.EBPMとオープンデータの違い

    EBPMでは、必ずしもデータの公開自体を目的にするものではない。行政が蓄積するクローズドデータや民間のデータも対象とし、プライバシーの保護およびセキュリティの担保に留意しつつ、科学的な根拠に基づいて政策の意思決定を実施していくことを目指すものである。

    オープンデータが公開されたデータセットをもとに利用方法を検討していくのに対し、EBPMでは、政策の効果の予測・把握や執行途中のモニタリングといった目的が存在しており、必要な要素や変数を膨大なデータから抽出する必要がある。

    このため、対立するデータやインフォメーションも考慮しつつ、客観的な形でインテリジェンスを政策立案者に提供し、政策の運営に必要なデータの適正な収集・統合・処理やデータマネジメントを実施するための環境整備が求められることになる。この点において、今後、意思決定に必要な情報の探索、分析、解釈などの支援に活用できる技術として期待されているのがAIなどの新たなICTである。

    図表1 オープンデータとEBPMの違い

    図表1 オープンデータとEBPMの違い 出典:NTTデータ経営研究所作成

4.EBPMを取り巻く現状

  • 4.1.わが国におけるEBPMを取り巻く現状

    わが国においては、2016年12月7日に官民データ活用推進基本法が可決・成立した。

    この「官民データ活用推進基本法」に基づいて、政府は2017年5月30日、「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」を策定し、閣議決定したところである。今後は同計画を策定した「IT本部・官民データ戦略会議」を中心に、EBPMについても政府一丸となって推進していくことが盛り込まれている。EBPMの推進に向けた環境整備として、重点分野を横断する官民データの利活用が重要となることから、データ標準化やAPI 連携、マイナンバー制度の活用等、官民データがシームレスにつながるような分野横断的なサービスプラットフォームを基盤としていくことが示されている。

    図表2 「データ」がヒトを豊かにする社会

    図表2 「データ」がヒトを豊かにする社会 出典:「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」 2017年5月30日閣議決定

 また、政府横断的なEBPM推進機能を担うEBPM推進委員会(仮称。以下同じ。)を官民データ活用推進戦略会議の下に設置することが示された。EBPM推進委員会は、各府省のEBPM推進統括官が行うEBPMの取組を政府横断的に推進し、EBPMに係る重点推進分野の政府横断的な決定を担うこととされている。

 今後、重要な政策については必ず科学的根拠としてのエビデンスが求められるようになる可能性がある。

  • 4.2.諸外国における取り組み状況

    諸外国においては、政策に対する仮説検証型のデータ活用がすでに進んでいる。ここでは、米国と英国の概況について触れる。

    (1) 米国における状況

    米国においては、1960年代から議論が進んでいる。エビデンスに基づく医療の進展や、行動科学や実験経済学の発展、ICTの進歩などに後押しされ、社会政策、開発援助、教育政策などの分野で、ランダム化比較試験等に基づくエビデンスが蓄積され、利活用されるようになった※5

    2016年3月3日には、大統領がEvidence-Based Policymaking Commission Act of 2016に署名している。これは、超党派による15名のコミッションを設置し、連邦政府の政策企画や統計、評価機関に関するデータ作成、データインフラ、統計プロトコルについての包括的な研究を推進するものである。特に、政府が持つ詳細な行政データを研究者へ利用・分析させる体制を整えており、特に連邦の政策、税等の行政記録情報、関連データ系列について、政策研究のためのデータアクセスを容易にするものとなっている※6

  • (2) 英国における状況

    英国においても、政策立案においては「何が有効か」が非常に重視されており、実証的手法によるエビデンスの形成を政府が推奨している。エビデンスを本格的に導入したのは1997年以降のトニー・ブレア政権であり、20年以上も前から、研究者を中心にEBPMを実施するための下地が作られ、ここ数年でエビデンスに基づく政策を社会実装するためのエコシステムが強化されている。

    官民出資の組織であるWhat Works Centre (以下、WWCと記載する。)では、エビデンスを創出、伝達、適用する機関として内閣府から認定される。現在7つの政策分野でWWCが発足しており、取り扱う分野は教育、子供・青少年への早期介入、医療・ヘルスケア、犯罪抑止、地域経済の活性化・雇用創出、福祉、高齢社会となっている。

    政府やその関係機関、大学、シンクタンク等がWWCを主導していることが多いが、政策立案者や企業、学校、NGO、,地方自治体等の実務者との共働も重視されており、WWCが創出・集約したエビデンスが実際に社会で利用されるよう、エビデンスに基づく指針を示したガイダンスや、様々な施策が有する効果のエビデンスをわかりやすく比較・解説したツールキットの作成等も実施されている※7

    WWCでは、特定課題のエビデンスを収集した後、方法論の妥当性・頑健性でふるいにかけ、エビデンスの質を点数化し、レビュー結果をまとめるという形式を採用している。

    また、英国においては、世界をリードするデジタル国家のひとつとして、AIを活用した政策の意思決定における影響と課題を検討したレポート(Artificial intelligence: opportunities and implications for the future of decision making)を2016年11月19日に公表している。

    このように、米国や英国ではエビデンスに基づく政策形成が古くからすすめられているが、欧米諸国でエビデンスの蓄積や開示が進んでいる背景のひとつは、優れた成果を生み出す根拠を示すことが出来た政策を優先するなど、成果や効率性を上げる政策に資源の効率的な配分を行う仕組みが存在することである。例えば、米国における教育関連のイノベーションを支援する補助金では、まず実験段階への補助金により成果を生み出せるというエビデンスを集めることを支援し、そこで確かなエビデンスが示せた場合は、事業の実現に近づく次の段階の補助金を与えるといった仕組みが導入されている※8

    また、欧米諸国においては、豊富なデータサイエンティストの存在なども背景に、データについて高度な統計的解析や分析を行い、政策担当者へのインテリジェンスの提供が行われている。一方、わが国においては、諸外国と比較してデータサイエンティストの数が少なく、データの収集、分析、活用を組織内部のみで行おうとする傾向がある。

    McKinsey社の調査によると「統計学や機械学習に関する高等訓練の経験を有し、ビジネスのためのインサイトを引き出すために大量のデータ分析を扱う才能を有する」大学卒業生の数は、日本は平成20年(2008年)単年で3,400人しかおらず、平成16年(2004年)から平成20年(2008年)までの5年間、日本におけるデータ分析の才能を有する人材が減少傾向にあったとしている。

    図表3 データ分析の才能を有する人材(単位:千人)

    図表3_01 データ分析の才能を有する人材(単位:千人)
    図表3_02 データ分析の才能を有する人材(単位:千人) 出典:McKinsey Global Institute  Big data: The next frontier for innovation, competition, and productivity (June2011)
    (https://bigdatawg.nist.gov/pdf/MGI_big_data_full_report.pdf)
     

 わが国ではデータサイエンティストの育成に向けて官民でさまざまな取り組みが行われているところであるが、データの確度・信頼性、分析の専門性などを支援するためにも、ICTの活用も視野に入れた新たな手法を検討する必要がある。

5.Evidence Based Policy “Making”から“Management”へ

 わが国においては、「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」においても、政策課題の把握、政策効果の予測・測定・評価による政策の質の改善と各種データの整備・改善が有機的に連動するサイクル(EBPM サイクル)を構築することが必要であると示されている。

 わが国の将来的なEBPMのコンセプトとしては、ビッグデータ、オープンデータ、行政におけるクローズドデータなどの多種多様なデータを収集、統合、分析し、可視化が可能な「情報モデル」の形でデータプラットフォームに格納、政策立案者が共有して利用できる形となることが望ましいと考える。

 またこのプラットフォームは、エビデンスの活用が、政策形成(Policy Making)だけでなく、政策立案プロセスの各過程にサイクルとして組み込まれるような、Evidence Based Policy “Management”を志向したものとなることが望ましい。

 具体的には、統計をはじめとする各種データ※9について、政策立案者の判断を支援できるだけの精度で分析・可視化し、政策の前提となる関連事実と政策課題を的確に把握するとともに、具体的政策の内容とその効果をつなぐ論理、政策効果とそのコストの関係を明示できることが望ましいと考える。

 将来的には、これまで専門化が行ってきた人手によるデータ集約・分析作業の過程を定式化・アルゴリズム化し、AIを活用することにより、精度が高く信頼度の高い解釈の付与を行い、政策立案者の判断の支援を行うことができる可能性がある。

図表4 EBPM統合プラットフォームのイメージ

図表4 EBPM統合プラットフォームのイメージ 出典:総務省「ビッグデータ時代における情報量の計測に係る調査研究報告書」2014年などを参考にNTTデータ経営研究所作成

 エビデンスに基づく企画立案、予算要求におけるKPI設定、政策実施時の定量的な分析や政策評価等における政策立案者のサポート等に資するプラットフォームができれば、政策立案者が企画立案・分析業務といった業務に今まで以上に注力できる行政システム全体の改善を目指すことが可能となる。

 政策実施後の評価のみでなく、意思決定や執行状況の見直しなど政策のPDCAプロセスのすべてにEBPMを活用することで、政策運営に係る質を向上させ、国民の利益をより向上させることができると考えられる。

6.今後の課題

 今後、わが国においても重要な政策にはEBPMが適用されていくだろう。しかしながら、EBPMを効果的に実施するためには、単純にデータを収集すればよいというわけではなく、エビデンスを生成するための「データ」を適切に整備していくことが必要となる。

 EBPMでは公開情報だけでなく、機微情報を含むクローズドデータを活用することが想定されることから、実施するためには国民の理解が不可欠である。プライバシーやセキュリティの保護に関する適切なコミュニケーションを実施するとともに、安全かつ合法的にデータを加工し、エビデンスを生成するための認定を受けるといった制度の創設も考えられる。

 重複したデータ取得を避け、国民の負担を削減するためにも、データ目録の整備による活用可能なデータ所在の可視化、複数の情報の正確な統合が望まれる。

 また、エビデンスを適用する政策の特徴や重要性などにより、利用するデータ自体の頑健性や適正性を評価するモデルを策定することが必要である。

 さらに、該当するデータが存在していても、目的外利用が禁止されている場合もある。書簡外のデータでも関連する情報への迅速なアクセス権限を得られるような新たな枠組みを確立する必要がある。また、府省側の規制などにより、地方公共団体内部のデータ利活用が進まないようなケースへの対応も必要となる。

7.終わりに

 今後、分野を越えてデータ、知識、知恵がつながっていくことで、社会に大きな変革をもたらしていくことが期待されている。わが国においても、新たな技術や多様なデータ等の政策運営への活用が期待されていることから、対立するデータやインフォメーションを考慮しつつ、客観的な形でインテリジェンスを政策運営へ提供する環境が求められていくだろう。

 EBPMを実現するための課題を意識したは進めつつ、EBPMサイクルの実現に向けた取り組みも両軸で進めていくことが、わが国にEBPMを根付かせる鍵となるだろう。

※NTTデータ経営研究所ではNTTデータと共同でICTを活用したEBPMを研究している。本稿はその成果の一部を活用して作成したものである。


  • ※1 籾井圭子「教育分野におけるエビデンス活用の推進に向けた考察―欧州の取り組みを踏まえて」『国立教育政策研究所紀要』(140)、2011年
    正木朋也、津谷喜一郎「エビデンスに基づく医療(EBM の系譜と方向性:保健医療評価に果たすコクラン共同計画の役割と未来)」『日本評価研究 第6 巻第1 号』pp. 3-20 2006年
  • ※2 OECD “Knowledge Management: Evidence in Education – Linking Research and Policy”, 2007年
  • ※3 「世界最先端IT国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画」 2017年5月30日閣議決定
  • ※4 「政府の機能強化と守備範囲」(第9回国・行政のあり方に関する懇談会、2014年5月16日)
  • ※5 後藤玲子「データに基づく行政経営と公共イノベーション」第3回ソーシャルコミュニティフォーラム、2016年10月12日
  • ※6 伊藤公一朗 「政策の効果をどう測定するか?海外における「エビデンスに基づく政策」の最新動向」2016年10月25日
  • ※7 家子直幸ほか「エビデンスで変わる政策形成―イギリスにおける「エビデンスに基づく政策」の動向、ランダム化比較試験による実証、及および日本への示唆」三菱UFJリサーチ&コンサルティング、2016年02月12日
  • ※8 安井明彦「政策は「根拠」で鍛えられる―米国に投じられた一石」『みずほリサーチ』2015年6月
  • ※9 統計、統計ミクロデータおよび統計的な利活用を行うのに用いられる行政記録情報、民間企業が保有する情報等をいい、それらのデータの利用や解釈を行うために必要な関連情報(メタデータ)を含む。