NTT DATA Global IT Innovator
NTTデータ経営研究所
English  お問い合わせ  サイトマップ
戻る サイト内検索
戻る

国勢調査をとりまく新たな動き
~英国における行政記録情報の活用に向けた検討~

社会システムデザインユニット
シニアコンサルタント 田中 麻衣

はじめに

 ICTの一層の進化によるビッグデータの活用や、オープンデータの推進など、統計データを巡る環境は新たな時代を迎えている。統計作成機関は、新たな時代にふさわしい新たなミッションを担う機関として、統計情報発信のさらなる高度化を進めているところである。※1

 中でも、国勢調査(人口・住宅センサス)は、社会経済の変化が激しい時代の中にあって、一定時点(5年ごと)の国内の人口・世帯の姿を明らかにすることのできる「国の最も基本的な統計調査」である 。※2国勢調査は、正確で信頼できる方法で行う必要から全数調査で行われており、標本調査では決して得ることのできない貴重なデータとなっている。

 国勢調査は、日本だけでなく世界の多くの国々において、最も重要な統計調査として実施されている。加えて、近年では、調査を取り巻く社会環境の変化やデジタルテクノロジーの進歩を背景に、調査方法や公表形態が多様化してきている。

 諸外国においても国勢調査をとりまくさまざまな課題を解決するため、新たな取り組みが行われている。本稿ではわが国の現状を概観した上で、特に、英国における2021年以降の国勢調査への行政記録情報の活用にむけた取り組みの現状および課題から、わが国への示唆について考察したい。

国勢調査は一定時点の人口・世帯の姿をくまなく明らかにすることが可能

 わが国の国勢調査は極めて高い信頼度を誇る統計として、調査結果が、国や地方公共団体の行政施策のほか、民間企業等でもさまざまな場面で利用されている。※3

図表1 国勢調査の基本的な役割

図表1 国勢調査の基本的な役割 出典:「平成27年国勢調査」情報ファイル 総務省 2015年8月

 国勢調査は、わが国の最も重要な統計調査であり、全国および地域別に統計を作成するため「全数調査」として行われている。統計は標本調査によって作成することもできるが、その場合には結果に標本誤差が含まれることが避けられない。 標本調査の結果は、地域の細分化や、産業や職業を細分化してして数字をみる場合には、誤差が大きくなり、利用に堪えない場合が多くある。

 また、国勢調査は、他の統計調査を設計するための基礎となる「フレーム」(母集団(調査対象全体)の抽出枠)の情報を提供するという重要な役割を持っている。例えば、労働力調査におけるサンプルの抽出に当たって、国勢調査結果が利用されている。国勢調査の属性情報を用いずにサンプルを単純に無作為抽出してしまうと、月によってサンプルにブレが生じてしまい、正確な統計作成・継続的な動向把握ができない。このため労働力調査では、全国を約100万の地区に分け(1地区あたり約50世帯)、それぞれの地区を、国勢調査結果を基に、就業状況の特色によって46種類に分類している。この分類を基に、サンプルが常に日本の縮図となるよう抽出を行っている。※4

図表2 労働力調査における国勢調査を活用したサンプル抽出のイメージ

図表2 労働力調査における国勢調査を活用したサンプル抽出のイメージ 出典:総務省平成27年度国勢調査有識者会議(第3回資料6)「国勢調査と住民基本台帳について」
http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kokusei/yusiki27/sidai03.htm

 このように、国勢調査が全数調査として実施されることで、他のさまざまな統計の高い精度が確保されている。

国勢調査を取り巻く環境は年々厳しくなっている

 基幹統計調査に対する正確な報告を法的に確保するため、国勢調査は統計法により回答義務が定められているが、これまでにも増して厳しい環境の中で実施されている。

 具体的には、個人情報保護意識の高まりや、高齢者や女性単身者の防犯意識の高まり、共働き世帯や単身世帯などの不在世帯の増加、オートロックマンションやワンルームマンションの増加などにより、調査員が接触することが困難な世帯の増加が予想されている。これらに加えて、自治会等の地域コミュニティ機能の低下や調査員の調査活動中の世帯とのトラブル発生への危惧などにより、調査員の確保は従来にも増して困難になっている。

図表3 わが国の国勢調査を取り巻く環境変化と課題

図表3 わが国の国勢調査を取り巻く環境変化と課題 出典:総務省「平成27年国勢調査に向けた課題について」を基にNTTデータ経営研究所作成
http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kokusei/kentou27/pdf/01sy03.pdf

 このような状況を受け、平成27年国勢調査では、調査に係るコストおよび時間の削減、回答負担の削減、集計結果の質の向上のため、新たな取り組みが導入されている。具体的には、オンライン調査の推進や調査票の提出方法の改善による回答者の負担の軽減、円滑な事務処理のための環境整備、高品質かつ迅速な結果の作成などが進められている。

図表4 平成27年国勢調査における新たな取り組み

図表4 平成27年国勢調査における新たな取り組み 出典:総務省統計局「平成27年国勢調査の5つのポイントと12の新たな取り組み」をもとにNTTデータ経営研究所作成

 また、単純な国際比較は難しいものの、わが国では、国勢調査に係る1人当たりのコストも主要国に比べて低くなっている。※5

図表5 各国における国勢調査に関する比較

図表5 各国における国勢調査に関する比較
出典:各国統計局資料を基にNTTデータ経営研究所作成

 このように、わが国では効率的・効果的で回答者に負担の少ない調査方法による実施に努めている。さらなる費用対効果を高める手法を検討し、調査に対する理解と協力を得て、正確かつ円滑に調査を実施していくことが模索されている。

国勢調査をとりまく新たな動き

 わが国を含め、主要国では調査環境の変化に応じ、新たな調査手法の開発や調査項目の見直し、実施環境の整備、ユーザーの期待に沿った新たな公表方法などが検討されている。

 特に欧州では、コストの増大や時間の短縮、品質に関する課題、国民の期待や技術の変化などの理由によって「レジスター方式」と呼ばれる行政記録情報を使用する形式の国勢調査を導入・検討する国が欧州を中心に増加している。※10これは、既存の行政記録、例えば住民登録、学生・生徒名簿、税務記録、雇用記録などを国勢調査で活用するというものである。このような手法により、国民に調査票による追加的な報告負担を求めることなく、統計の作成が可能となる。

 国勢調査に近い結果を提供できるという点で、行政記録情報を利用した手法は1970年代から議論・試験され、いくつかの国で導入が行われている 。※11

図表6 主要国における国勢調査の調査方法(2010年ラウンド)

図表6 主要国における国勢調査の調査方法(2010年ラウンド) 出典:「国勢調査と住民基本台帳等について」 総務省
http://www.stat.go.jp/info/kenkyu/kokusei/yusiki27/pdf/03sy0600.pdf

 しかしながら、現在、行政情報を活用した国勢調査を実施している国を見ると、比較的人口規模が小さく、長年にわたり公的手続きに国民番号(ID)が利用され、人口レジスターを整備している国であることがわかる。現時点で既に行政情報を活用したセンサスを実施している国の事例を、わが国にそのまま適用することは極めて困難である。

 一方、英国では現在調査票による伝統的な調査が行われているが、次回2021年に実施する国勢調査において、行政記録情報のさらなる活用促進を行うことを掲げている。現在、英国内で所有する行政記録情報の活用可能性についてのアセスメントを実施しており、その結果を公表している 。※12

 英国では、個人や企業の情報を紐づける統一のIDが存在しない。このため、英国における国勢調査への行政記録情報活用に向けた新たな試みや課題は、現時点では複数の行政記録情報を個人や企業のIDをキーとしてリンクすることが難しいわが国でも役立つものと考えられる。

 以下では、英国での取組の課題や現在の進捗状況について、英国国家統計局(ONS)が2016年5月に公表した “ONS Census Transformation Program Annual assessment of ONS’s progress towards an Administarative Data Census Post-2021”※13の概要を紹介する。

英国における「行政記録情報を活用した国勢調査」とは

 2010年5月、ONSにおいて“Beyond 2011 Programme”※14が開始され、政府や議会に対し2021年国勢調査に向けた選択肢を提示することを目的に、イングランドおよびウェールズにおける人口統計の将来像の検討が行われてきた。

 このプログラムは、現在の世帯調査を補足するものとして、国勢調査を「行政記録情報(administrative data)をベースとした統計」に置き換えることが可能かに焦点を当てたものである。(Beyond 2011 Programmeは2015年1月に終了し、現在はCensus Transformation Programme※15に移行している)

 英国では国民番号カード(IDカード)は存在せず、複数の行政記録情報を貫く統一のID が存在しない。例えば、労働年金省(DWP)および歳入関税庁(HMRC)は国民保険番号(NIS)を活用しているが、かかりつけ医(GP)登録では国民保健サービス(NHS)を利用しており、学校センサスでは生徒の照合番号を利用している。

 国民番号が存在しないことから、全ての国民を網羅する形で記録するレジスターデータベースも同じく存在しない英国において、行政記録情報を活用して国勢調査と同様の結果を算出するには、複数の行政記録情報を活用することが不可欠である。

 このため、ONSでは、行政記録情報を活用した国勢調査を実施する場合、以下の組み合わせで実施することを想定している。

図表7 活用可能性を検討している情報

図表7活用可能性を検討している情報 出典:“ONS Census Transformation Program Annual assessment of ONS’s progress towards an Administarative Data Census Post-2021” をもとにNTTデータ経営研究所作成

英国における行政記録情報活用の意義

 行政記録情報を活用することの意義は、以下のようなことがあげられる。

  • 調査情報を提供する側の国民負担の軽減
  • データ収集に関する行政コストの削減
  • 従来の国勢調査(10年周期)よりタイムリーで頻度の高いデータの提供
  • 従来の方法では収集できなかった新たな項目に関するアウトプットの提供

 ONSでは、行政記録情報や調査に基づく統計結果を、2021年の国勢調査の結果と比較し、低予算、高頻度かつ高品質の結果を生成できる可能性を示すことを目標に掲げている。

 ONSでは、行政記録情報を活用した国勢調査は、費用が3分の2になると試算※17している。

図表8 行政記録情報を活用した国勢調査に係る費用

図表8行政記録情報を活用した国勢調査に係る費用 出典:“Summary of the benefits of census information ONS” 2013
http://webarchive.nationalarchives.gov.uk/20160105160709/http:/www.ons.gov.uk/ons/about-ons/get-involved/consultations-and-user-surveys/consultations/beyond-2011-consultation/beyond-2011-consultation-doc-c3.pdf

 しかしながら、地域ごとのクロス集計に耐えられないことや、多くのリスクが含まれることを鑑み、現時点では、ONSは行政記録情報の活用により得られるメリットは従来型の国勢調査よりも少ないと考えている。

 ONSでは、費用対効果の分析を確実にするため、2023年までにより多くの調査を行う予定である。費用対効果の分析においては、行政記録情報を活用した国勢調査が従来の国勢調査では提供できない項目(燃料に対する貧困(fuel poverty)、所得および住宅の価格に関する統計)について、より高い頻度でタイムリーに公表できることも考慮に入れる予定であるとしている。

英国における行政記録情報を活用した国勢調査への移行に係る要件

 正確で高品質な統計を作成することの重要性を鑑みれば、2021年の国勢調査に対し、新たな手法のベンチマーキングなしに「行政記録情報を活用した国勢調査」へ移行することはリスクが高く、技術的および人口特性上のリスクも懸念されている。

 行政記録情報を活用した国勢調査では、上で述べたようなメリットとリスクに関するトレードオフの評価が重要となる。

 “ONS Census Transformation Program Annual assessment of ONS’s progress towards an Administarative Data Census Post-2021” において述べられている、英国における行政記録情報を活用した国勢調査の効果を高めるための課題は以下のように整理することができる。

図表9 英国における行政記録情報を活用した国勢調査の効果を高めるための課題

図表9 英国における行政記録情報を活用した国勢調査の効果を高めるための課題 出典:“ONS Census Transformation Program Annual assessment of ONS’s progress towards an Administarative Data Census Post-2021” を参考にNTTデータ経営研究所作成

 以下ではそれぞれの内容を概観する。

  1. (1) 行政記録情報へのアクセス権の拡大

     行政記録情報を活用した国勢調査の品質と幅を最大に高めるためには、既存のデータだけでなく新たなデータについても迅速なアクセス権限を関係各所から得る必要がある。また、既存情報の他の項目にもアクセス権を拡大することが必要である。

     英国では、2007年統計登録サービス法(Statistics and Registration Service Act 2007, SRSA)により、情報共有令(Information Sharing Orders;ISO)がつくられ、ONSは、統計および調査目的により行政記録情報にアクセスすることが可能になった。具体的には、2015年10月より雇用年金省(Department for Work and Pensions, DWP)と歳入関税庁(Her Majesty Revenue & Customs, HMRC)から個人レベルの収入、税および社会保険の一部がアクセス可能となり、資産評価局(Valuation Office Agency, VOA)の資産特性の情報の一部についてもアクセスが可能となっている。

     しかしながら、既存のISOのルートによる行政情報へのアクセスは迅速性に欠け、行政記録情報から結果の品質と安定性に影響するような改変が行政記録情報に行われる前にONSが把握できるような仕組みがない。

     このため、国家統計局の指導・監督機関(U.K. Statistics Authority)は、情報アクセスにおける法律とポリシーに関する資料 を公表し、新たな法によりアクセス権限を与えることの重要性について述べている。この動きは、2016年3月に公表された「英国の経済統計に関するレビュー(Independent Review of UK Economic Statistics)」 に後押しされたものである。

     提案されている新たな法律では、ONSは、アイルランドの中央統計局やカナダ統計局が既に持つのと同じ権限を持つことになる。

     具体的には以下のとおりである。

    • 統計作成および統計研究目的のために、国家の統計専門家に公的機関や民間企業が保有するデータへの適切なアクセス権を与えること
    • 権限委譲により生じるニーズに適合するよう、国家の統計専門家が統計専門家とセキュアに情報共有を行うこと
    • 国民からの信頼を維持するため、個人が識別できる情報の悪用に関する厳格な罰則を認めること
    • 行政記録情報から作成されたデータの統計的な信頼性を担保するため、収集されたデータへの改変が行われる前に国家の統計家に相談を行う義務を含むこと
  2. (2) 統計的精度の維持・向上

     行政記録情報を活用した国勢調査への移行が関係者に受け入れられるためには、ユーザーの優先度の高い情報ニーズに適合するよう、適切な品質・粒度の統計を提供することが求められる。

     英国で2013年に行われたパブリックコンサルテーションにおいて、行政記録情報の活用に関してユーザーから以下のような要望が出されている。

    • 人口規模や世帯数に関する確実な推計値を提供すること
    • ある時点の人口特性に関する推計値について、類似する地域を互いに比較可能な形で提供すること
    • ユーザーが、長い時間をかけて変化を測定することができる粒度の情報を提供すること(小さなエリアの民族別の失業率について10年間で変化を見ることができるレベルの情報が提供できること)

     ONSでは、行政記録情報を活用して人口規模の推計値を作成するための適切な方法の開発(学校センサスおよびDWP/HMRCのアクティビティデータの活用を含む)を進めるとともに、ユーザーからの要望に対応し、小規模な地域レベルの推計を作成することをめざしている。

  3. (3) プライバシーの保護およびセキュリティの担保

     統計的な精度の維持のためには、幅広い情報にアクセスし、情報を統合することが必要となるが、同時にプライバシーの保護およびセキュリティの担保を行うことも必要である。

     ONSでは、2011年に統計目的における個人情報の開示に関す意識調査 を国民に対し実施した。回答者の多数は統計目的の利用について理解を示したものの、セキュリティやプライバシーに関する強い懸念が示されている。

     行政記録情報を活用した国勢調査に移行することに理解を得るためには、政府が個人情報を活用することによる利益の明示に加え、プライバシーやセキュリティの保護が確実に行われることに関する説明が不可欠であることが伺える。

     ONSでは、行政記録情報を活用することについて国民の理解を得るため、プライバシーやセキュリティを厳格に保持しながら行政記録情報を統合する研究を進めるためのポリシー や匿名データの統合に関する新たな方法を説明する資料を公表している。2015年にはプライバシーに関する影響のアセスメント 資料も公表しているところである。

     ONSでは引き続きデータの統合に関する安全な手法の開発を進めるとともに、他国の統計局の手法もレビュー対象とすることを予定している。

まとめおよび示唆

 わが国を含め、先進国では国勢調査(人口・住宅センサス)を取り巻く調査環境の変化に応じ、新たな調査手法の開発や調査項目の見直し、実施環境の整備、ユーザーの期待に沿った新たな公表方法などが検討されている。

 わが国においても平成28 年度からマイナンバー制度が開始され、新たな技術や行政記録情報等の活用が期待されることから、国勢調査の効果的かつ高精度な調査のあり方について、他国の状況も踏まえ、今後さらなる検討が進んでいくと考えられる。

 英国の取り組み状況を踏まえると、行政記録情報の活用については、「国民の回答負担の削減」「業務の効率化」「従来よりも頻度の高い情報の提供」「従来の方法では得られなかっ新たな項目に関する情報の提供」といったメリットがある一方で、「情報の信頼性・セキュリティ強化」「統計的精度の維持・向上」「アクセス権の拡大」のそれぞれに課題が残存していることが見て取れる。これらの間には明確なトレードオフがあり、英国においては行政記録情報の国勢調査への活用の意義を認めながらも、慎重な検討が行われていることがわかる。

 英国における国勢調査への行政記録情報活用に向けた新たな試みや課題は、わが国の取り組みに参考になる部分があると考えられることから、今後も動きを注視していきたい。