京都クレジットの需給バランス
世界銀行が本年5月に発表した“State and Trends of The Carbon Market 2008”による、京都議定書第一約束期間(2008〜2012年)における世界の京都クレジット需給バランスは図表1のとおりとなっている。
EUや日本を中心として、京都議定書目標達成に必要な京都クレジット量は約24億トンと推計されている。その一方において、供給される京都クレジット量は、国に割り当てられる余剰AAU(Assigned Amount Unit)が約73億トン、CO2削減プロジェクトにより供給されるCER(Certified Emission Reduction)、ERU(Emission Reduction Unit)が約18億トンであるとされている。一見、供給量が大きく上回っているように見えるのだが、実際には必ずしもそのようにならない事情がある。ロシア、ウクライナや東欧諸国の国々は、経済の低迷などによりCO2排出量が、既に基準年の1990年より大幅に減っているため、京都議定書において当初割り当てられた排出枠に潜在的な余剰枠を有している。こうした余剰枠が供給可能なAAUとしてカウントされている。しかしながら、この余剰AAUについては、以下の点から取引市場における流通性が低いと見られている。
- EU排出権取引制度において規制を課せられている民間企業は、AAUを使って目標達成はできない(CERの活用は上限を設けて認められている)
- 購入者における評価リスクが高い(余剰AAUは国や企業の努力によりCO2を削減したことによる排出枠でないことから、環境貢献度の低い排出枠であるとの評価がある)
- 余剰AAUを保有する国が、将来的に余剰AAUの需要が高まり(例えば日本における目標未達成が顕在化してくるまで)価格決定力を有するまで様子をみる
- 国に割り当てられたAAUは国の資産であり、それを売却することに否定的な国がある
図表1:京都クレジットの需給バランス
出所:State and Trends of The Carbon Market 2008 データからNTTデータ経営研究所にて作成 |
従って、余剰AAUは、GIS (Green Investment Schemes)と呼ばれるスキームにより、政府間における交渉により獲得されるにとどまるとみられており、その量は10億トン程度になると推計されている。GISとは、AAUの購入代金の使用目的を売却国におけるCO2排出削減に限定するという条件付きの購入スキームであり、わが国がハンガリーやチェコ政府から購入したAAUはこのスキームを活用したものである。こうした状況から、今後の各国における京都クレジットの獲得においては、まずは、CDM/JI(Joint Implementation)から期待される18億トンに的が絞られることとなるであろう。図表1の矢印個所からは、EUの需要量とCDM/JIの供給量がほぼ一致していることが読み取れるが、EUにおける主要国政府は早くからCDMの開発とCERの確保に着手しており、期待される18億トンの大半がEUにおける需要に充当されてしまうと考えられ、日本は不足分を、第一約束期間終了間際になってGISスキームにより余剰AAUにより補うこととならざるを得ないであろう。ただし、そうした状況に陥った時には、もはや価格決定の主導権は日本側にはないのである。
CERの価格決定要因とその動向
京都議定書においては排出権取引の枠組みについての取り決めは行っているが、取引市場の運営や取引価格については、市場メカニズムに委ねるとしている。このため、CERの価格は、世界の排出権取引の9割を占めているEU_ETSにおいて決定されているのが現状である。EU_ETSにおいてはEU Allowance (EUA)と呼ばれる、EU_ETS独自の排出権が取り引きされているが、制度においては、EUAにて不足する分を一定の比率にてCERにて補うことが認められており、規制を受けているEU企業におけるCERの需要が非常に高まっている。このため、EUAの補完的役割を果たしているCERの価格は、EUAの価格に追随する形で日々変動している(図表2)。
図表2:EU-ETS における排出権価格推移
出所:BlueNext“ Tendances Carbone September 2008”より抜粋 |
図表3:ドイツとポーランドにおける電力価格の比較
出所:BlueNext“ Tendances Carbone September 2008”より抜粋 |
EUAの価格形成においてはいくつかの要因が働いているが、EU_ETSにおいて規制対象となっている、電力会社におけるEUAの需要が価格形成に大きな影響を及ぼしている。電力取引が完全自由化されているEUの電力会社は、電力価格、燃料価格(重油、天然ガス、石炭)、排出権(EAU、CER)価格を睨みながら、常に最も経済的な発電所の稼働を行っている。例えば、石炭の価格に応じて、CO2排出係数の高い石炭火力の稼働率を上げ、増加するCO2排出量分の排出権を購入する方が、天然ガスを燃料とする発電所を稼働させるより経済的であれば、天然ガス発電から石炭発電にスイッチすることが日常的に行われているのである。図表2における(1)の価格変動は、まさに2008年初頭から始まった原油価格高騰による石炭火力への燃料転換により、CO2排出量が増加することによって電力会社における排出権の需要が高まったことに起因している。その後、排出権価格は原油価格の変動と同様の変化を見せていることから、EUAの価格形成と燃料価格には非常に強い因果関係があることが読み取れるのである。
発電コストと排出権価格との因果関係は、図表3に示すドイツとポーランドにおける電力価格の比較からも読み取ることができる。
2005年以前においては、石炭火力がベースであるドイツ、ポーランドにおける電力価格は双方ともに比較的安定した変動を見せていた。2005年1月に、EU_ETS第一期間が開始された直後から、ドイツにおける電力価格は大きく上昇しており、その後、石炭価格+EUA価格の変動に非常に近い価格変動を見せている。一方、ポーランドにおける電力価格は、EUAの価格変動の影響は受けずに安定して推移している。ところが、2008年1月に、EU_ETS第二期間が開始された直後から、ポーランドの電力価格はドイツの電力価格と全く同様の価格変動を見せ始めた。これは、ポーランドにおける電力の長期購入契約が切れたことにより、ポーランドの電力市場が自由競争に晒されたことに起因している。自由競争により、ポーランドの石炭火力を中心とする電力価格は、CO2コストを反映した限界コストをベースとした価格形成が行われるようになり、ドイツの電力価格と同様の価格推移を示すようになったのである。こうした事象は、EUAの価格指標がEU域内にいかに広く機能しているかを示しており、同時に自由化された電力取引市場が、EU_ETSを効果的に機能させるための基盤となっていることを明らかにしている。
そして、もうひとつEUAの価格に大きな影響を及ぼしているのが、世界経済の動向である。図表2の(2)に見ることのできる2008年1月におけるEUA価格下落の要因は、米国のサブプライムローン問題による株式市場価格の暴落が起因している。株式市場価格の下落→経済活動低迷→生産量低下→CO2排出量減→排出権需要減というシナリオを予測した機関投資家が、排出権の売りに走ったことが原因である。このように、一般投資家に解放されている、EUにおける排出権取引市場においては、EUAの価格はEUAの需要のみならず、EUおよび世界経済の動向により行われている日々の売買により、変動を繰り返しているのである。そして、日本政府や企業が購入を迫られるCERの価格は、EUA価格の変動により左右されており、前述した余剰AAU同様に、もはやわれわれの意思の及ばないところで決定されているのである。
日本企業におけるCER購入の加速化
CERの価格形成がEU経済主導で行われているなかにおいて、日本企業におけるCERの購入の必要性も次第に顕在化し始めている。2010年度に施行される温対法(地球温暖化対策推進法)においては、企業のCO2排出量の報告と同時に、京都クレジットの自主的償却量、およびCO2排出量から京都クレジット償却量を差し引いた数値を報告させ評価することとなった。これにより、企業は自社のCO2削減に京都クレジットを活用することが法的にも裏付けられ、京都クレジットを積極的に活用することが、将来の総量規制導入時において先行的削減努力として評価される仕組みができあがったといえる。法律改正により、規制対象範囲が事業所単位から事業者単位へと拡大することで、これまで規制の対象となっていない工場施設やオフィスも規模の大小に関係なく規制対象となるため、企業に求められるCO2削減量も大幅に増加することが想定される。温対法の施行は2010年度であるが、初年度の報告値は2009年度(来年度)であり、2008年度中にCERの購入を決定し、2009年度から償却を開始する企業が急速に増加すると予測される。さらに、2009年12月のコペンハーゲンにおけるCOP15(国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議)において、ポスト京都の枠組みが決定し、2013年以降CERの活用の継続が確定すれば、2013年以降に発行されるCERの取引が同時に開始されることとなる。こうした背景の下、わが国の企業は、速やかに以下の観点からのCER購入に着手する必要がある。
- 自主的CO2削減努力として、京都クレジットの償却を改正温対法において報告するための2012年までに発行されるCERの確保
- 国内総量規制導入、および欧米における日本企業へのCO2排出量規制拡大を見据えた2013年以降に発行されるCERの確保