研修の一環としてのキャリアカウンセリング
通常、キャリア研修は複数(例えば20人とか、場合によっては100人以上)の受講生に対し、一人の講師が行う。しかし最近、「これでは一方的な企業からのメッセージの伝達に終わってしまい、受講生の満足度も十分でないので、研修目的の達成の観点からも、もう少しきめ細かい効果的な研修ができないものか」という企業の要請がある。こうした状況の中、例えば受講生を5〜6人のグループに分け、その中に1名のカウンセラーを加えるなどの工夫を凝らした新しい研修プログラムを導入するケースも現れてきている。
これは、研修プログラムの中にカウンセラーとの1対1のカウンセリングの時間を設け、受講生一人ひとりの多様な背景、考え、悩みを十分に理解し、受講生が抱える個別課題の解決策をカウンセラーと一緒に考えていくスキームの中で、研修目的をより深く達成しようとする試みである。このようなスタイルは、人材活性化を目的とした研修に多く導入され始めている。
例えば、高年齢のビジネスパーソンは、通常、複数の課題を抱えていることが多い。今までの経験則だけでは企業の中で仕事を十分にこなせない、しかし新しい手法にはついていけない、といった業務遂行上の悩み。職場での人間関係構築の未熟さや、若い世代の価値観になじめないことに起因する疎外感。それに加えて、プライベートにおける両親のケアや子供の問題、自らの健康上の問題等々、多様で深い悩みがある。このような問題から無縁の人はむしろ少な いであろう。こうしたプライベートな問題の数々を、カウンセリングを通して整理し、解決の糸口を探ることで一定の安心感を得させる。その上で、仕事に取り組む時間とエネルギーを獲得し、業務遂行上の課題解決を容易にする環境を作り出していくわけである。
プライベートな問題について、どこまでかかわっていく必要があるのかということは判断を要するが、最近ではメンタル系の問題を抱えた社員の増加に苦慮する企業を中心に、カウンセリングへの関心と期待が高まっている。
ある企業の例では、自社にあるメディカルセンターの心療内科に通う社員の急増を目の当たりにした役員が、経営の根幹を揺るがす問題だとして、精神科医を含む対策委員会を社内に設置し、このような社員を生み出す企業風土を改善するためにカウンセリングを内包した研修の新しい仕組みを求めてきたケースがある。
病気に対する治療は医師が行うが、病気発症の原因となっている仕事との折り合いは、カウンセラーがサポートする仕組みである。
また企業にとって極めて重要な「エンプロイアビリティ」の認識についても、集合研修で一括して考えさせるだけでは不十分であり、カウンセリングによって個別に深く気付かせることが必要である。このことは、職場における上司のマネジメント力が希薄になってきていることが背景にあると考えられる。職場で活性化しない社員の3人に1人は、上司のマネジメント力の貧しさに起因しているのではないかと思われる。
エンプロイアビリティとは、個人の「雇用されるうる能力」のことである。これは、企業内外を通じたビジネスパーソンとしての市場価値とも言えるが、企業内に限定して単純化して言えば、企業の社員に対する期待値と、社員の企業に対する貢献度合いが明確に一致すること(→いわば企業と社員が握手できている状態)が、エンプロイアビリティがあるということになる。
つまり、企業内でエンプロイアビリティを発揮しようと思えば、まず自分が何を期待されているのかを理解しなければならない。では、どうすれば理解できるのか。上司とのコミュニケーションの中において、日常的にそれが確認・修正されていくことが理想である。
しかし、現実は業務上の最小限のやりとりが行われるだけで、現在の悩みや将来の希望などの個人的な思いが上司に的確に伝わることは少なく、上司もまた仕事の期待を部下に具体的に示すことができないことも多い。組織として大きなシナジー効果を生むような目標設定ができず、そのようなリーダーシップも取れない上司の側に問題があるように思われる。
エンプロイアビリティを考える際にもう一つ重要な点は、「会社の期待は変化する」という事実である。その変化に対応して、自らも「変化した会社の期待に応えられるように変化する」ということが大切なのである。もし自らが変わることを拒否し、自分のやりたいことを継続したいのなら、従来通りの期待を会社側に継続させる努力をするか、自らの活躍の場を社外に求めるほかはない。
このような企業と個人の関係が確立されており、新陳代謝が行われている企業こそが強い企業であり、働きがいのある企業であろう。
「エンプロイアビリティの認識」という重要な経営テーマについて、企業と社員の間に立ち、課題解決をサポートしながら社員の行動変容を促す手法として、カウンセリングは極めて有効であると思われる。
キャリアカウンセリングのプロセス
キャリアカウンセリングとは何か。『カウンセリング辞典』(國分康孝編、誠信書房)によれば、「職業選択だけではなく、進学も含め、さらに人が職業生活を送っていく上で関連するあらゆる問題を対象とするカウンセリング」であるとし、「一般には、キャリアカウンセリングは最も難しいカウンセリング」とある。難しい理由として「カウンセラーは、面談技術だけでは不十分であり、さまざまな情報や現実界の様子を知る必要があり、さらに多くの場合、課題解決までの期間が決められている」点を挙げている。
人材活性化を目的としたカウンセリングの標準的なプロセスは以下のようになる。
(1)『心境の開陳』
- カウンセラーと対象者の相互信頼の構築
- カウンセリングの目的・狙いの相互共有
- 時間的な継続の中でのキャリアレビュー
- 仕事を遂行する上での阻害要因の認識
(2)『厳しい自己認識』
- 成功体験と失敗体験の変曲点分析
- 市場価値とエンプロイアビリティの認識
- 「強み」と「弱み」の的確な認識
- 人間関係の構築(他人は自分をどう見ているか)
(3)『自分の将来の姿』
- 厳しい自己認識の上に「ありたい自分の姿」を重ねてみる
- 長期的視点と短期的視点
- 自らの強みに連動させた「弱み克服法」
- 家族/地域とのかかわり
(4)『自信の構築』
- 価値観、人生観の修正(「思い込み」の呪縛からの脱却)
- 何かを得ようと思えば、失うものもある
- 今までと違う、これから
- 意識変革と行動変革
(5)『一歩を踏み出す』
カウンセリングでは、カウンセラーと対象者の信頼関係の構築が最も重要である。そのためには、まず傾聴することから始まる。しかし、課題解決型キャリアカウンセリングの場合、時間が限られているので、対象者に対し柔軟さと機敏さ、またある意味では論理性や戦略性も要求されることがある。過剰な思い込みに起因する悩みからの意識変容・行動変容のためには、傾聴に終始せず、論駁もある能動的な論理療法の考え方も有効である。
また、対象者が問題意識をもって自発的に臨むカウンセリングの場合は別であるが、企業が研修の一環として行うカウンセリングにおいては、まずその目的・狙いについての十分な相互理解が必要である。
カウンセリングを通して仕事とのかかわりあいを時間的な継続性の中で振り返ってみること、場合によっては、仕事を支えてきた家族とのかかわりも重要な話題の対象になる。対象者の今日にいたる道筋をたどってみることで、自分の良さが実感されることや、自分に不足している点があれば、その原因となることが見い出されたりするのである。
多くの対象者は、過去に脚光を浴びた成功体験や落ち込んで苦悩した体験のような特筆すべきエピソードの連続として自分の過去を捉えがちである。しかし、カウンセリングで重要なことは、その「成功」から「苦悩」へ、または「苦悩」から「成功」へと揺れ動く変曲点の分析であるとされる。複数ある変曲点に共通項はないか、この点に時間をかけて話し合い分析を行う。そして認識を相互に共有することが大切である。
課題解決型キャリアカウンセリングの目的は、人材の再活性を促すことであるから、活性化を妨げる阻害要因を探し、これを乗り越える方法と勇気を与えることが重要である。また、活性化を促進するエンジンとなるような要因を、強く認識させ激励することが必要である。